Category: キッチンカー マルシェ 産直 道の駅

7月18日・19日に

マルナカスーパーセンター宇多津店で開催された

「まるマルシェ香川」に出店していた

店舗のない焼き菓子屋

cozip. (コジップ)


11月頃には高松市に

焼き菓子と雑貨の店として

オープンする予定

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アールグレイティグレ 350円

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レモンクッキー 300円



🍪cozip. (コジップ)
https://www.instagram.com/_cozyzip?igsh=MmRxdTBib3Q5dzNr



🎪まるマルシェ
https://www.instagram.com/maru_marche_kagawa?igsh=MTgxM3hnYnR2ZjM0



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この日の6軒目は

香川県丸亀市を中心に

2026年7月17日から営業を開始した

ベビーカステラ専門店の

「MOGMOG」へ


オープン初日の営業は

メガセンタートライアル善通寺店の正面入口前で

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メニュー

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ベビーカステラ 抹茶 12個 600円


🚼️MOGMOG ベビーカステラ専門店
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2026年7月5日に

綾歌総合文化会館アイレックスで開催された

「Saison Marche(セゾンマルシェ)」に出店していた

店舗を持たないお菓子屋

ココドル

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ぷるもちプリン 250円

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🍮お菓子屋 ココドル
https://www.instagram.com/kokodoru2503?igsh=eGY0dXZzZmpwODd0



🎪セゾンマルシェ https://www.instagram.com/saison_marche?igsh=dm4yY2huejdnNmNq



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宇多津町の「産直市うたづ」で

「なら弁」の弁当を購入

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アジフライタルタルのり弁 550円+税

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🍱なら弁 
https://www.instagram.com/naraben_to?igsh=bGhoaHRtbWY5bjVo



産直市うたづ

住所 香川県綾歌郡宇多津町1897

電話 0877-49-0411

営業 8時~16時

定休日 不定休

駐車場 あり

Instagram https://www.instagram.com/sanchokuichi.utazu?igsh=ZHdmM28zMTh6eHFx
 


🍀myインスタ https://www.instagram.com/tuiteruotoko358?igsh=MXVuZHR1d2U1MmRteg==

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🌴A LONG VACATION 大瀧詠一


私のお気に入りのアルバム


このCDアルバムを買ったのは2度目


前に買ったものは

金欠の時だったか断捨離をやった時だったか忘れたが

古本屋(たぶんBOOK・OFF)に売却した


当時CDアルバムは3000円近い値段だったと思うから

1500円ほどの廉価シリーズが出た時には

とても有り難かった


このアルバムが出たことで

大瀧詠一のことを初めて知った


このアルバムに収録されている曲の

「カナリア諸島にて」

「君は天然色」

「Velvet Motel」

「スピーチバルーン」

「雨のウェンズデイ」

などがラジオ番組で流れてくるのを聴いた私は

その心地よいメロディーに酔いしれ

一気に大瀧詠一のファンになった


歌詞も心に響く歌詞が多く

このアルバムがお気に入りになった一因だと思う


しかし今の今まで

大瀧詠一が自ら作詞しているのだと思っていたが

あれから45年も経って

松本隆の作詞だと初めて知った


改めて松本隆の天才的な

言葉を操る力に驚かされる


さて昭和56年7月に名古屋旅に出る時に

小さなラジカセと

このアルバムを録音したカセットテープを

持っていった


快適な旅にしたかったので

お気に入りのアルバムを旅のお供にしたのである


当時はまだCDというものは無く

レコードの時代だった


だが大瀧詠一のレコードを買ったことはないし

LPレコードを借りてきた記憶もないので

たぶんラジオ番組から流れてきた曲を

カセットテープに録音したように思う


五感と記憶は連動することがある


音楽はその五感の中の1つである聴覚を刺激し

それにより聴覚に連動された記憶が呼び起こされる


だから私はこの季節になると

大瀧詠一が思い起こされるし

このアルバムの曲が頭に流れてくるし

あのときの思い出が懐かしく甦ってくる


☆★☆★☆★☆★☆★☆★

この時期になると

あの初夏の記憶が思い出される


数日間過ごした

相撲部屋での出来事が


あれは忘れもしない

私が高校を卒業した年の7月


ひょんなことから従兄の叔父に誘われて

従兄と一緒に相撲部屋に行く事になった


従兄の叔父は

幕内優勝の経験もある大相撲の元力士で

荒磯親方として

当時二子山部屋の部屋付きの親方をしていた


荒磯親方は香川県出身の力士として

県内ではそれなりに有名だったみたいで

船で本州に渡るために丸亀港へ行ったとき

(当時はまだ本州と四国に橋は掛かっていなかった)

たまたまその場に通りかかった年配の男性が

「あっ、若三杉!」

と荒磯親方の現役時代の四股名を思わず口にした


その荒磯親方だが

後で二子山部屋の若い衆に聞いた話では

「酔っていないところを見たことがない」

というぐらいの酒好きで

名古屋へ到着するまでの道中

「ビール買ってこい」と言って

私は何度もビールを買いに走らせられた

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現役の頃の荒磯親方


当時の二子山部屋の名古屋場所の宿舎は

確か仏智院というお寺だったと思うが

二子山部屋の力士たちと共に

そこで数日間寝泊まりすることとなった


仏智院に到着したのは夜だったと思うが

現役時代に「土俵の鬼」と呼ばれた

元横綱初代若乃花の二子山親方の前に

連れていかれたときには

とても緊張した


で、その場で二子山親方から

いきなり私はスカウトをされた


当時の私の体格は

身長167cm体重53kgほどだったので

もちろん力士として誘われたのではない


「行司か床山にならんか」

と言われたのだ


私は幼稚園の頃からの相撲好きではあったが

その場で断った


相撲を取ることは好きだったので

大相撲の力士にはなりたかったが

行司や床山や呼び出しには興味がなかった


でも本当に力士になりたいのなら

舞の海のように頭皮の中にシリコンを注入して

こぶを作ってまでして

足りない身長を補って

入門しようとするはずである


体重だってもしも本気で入門したいのなら

食って食って食いまくって

体重を増やそうとするはずである


元横綱白鵬なんか

日本にきた頃は

体重が60kg台だったそうで

それを横綱の頃の150kg台まで増やしたのだから

本気でやろうと思えばやれるのである


結局は身長と体重が足りないから

力士にはなれないというのは言い訳で

本当は厳しい稽古をしたくないから

要するに根性無しだったから

というのが本当のところである


さて二子山親方のスカウトを断った後

トイレに行きたくなった私は

その事を告げると

1人の力士が命じられて

トイレまで案内してくれた


トイレから出た時に

その力士がまだ待ってくれていたので

私はその気配りに驚いた


その力士の名前は

あれから45年経った今でも覚えている


山田という名の力士で

それから間もなく伊豆乃花に改名したが

わりとすぐに廃業してしまった


翌日の早朝に物音で目が覚めた時に

廊下をモップみたいなもので拭き掃除をしていたのは

松崎という名の新弟子だったのも覚えている


宿舎の一室で過ごしていた時に

「廻しを着けてみる?」

と声を掛けてくれたのは

当時三段目だった北の洲


恥ずかしいから断ったが

今思うと断らなかったら

いい経験になったのにと思う


生まれて初めて

相撲部屋の稽古を生で見ることができたことは

今でも忘れられない


まだ髷が結えていない

新弟子らしき若者が数人いたが

とても初々しく感じた


その新弟子の中に

大きな体の力士が2人いたが

見るからに中卒に見える幼い顔をしていた


馬場口と濱田

後の若翔洋と豊ノ海で

2人とも幕内まで昇進した


序二段の隆島津という痩せ型の力士を見たとき

顔が千代の富士に似ているなと思った


その隆島津が自分よりも上の番付の

三段目力士の三杉里との稽古で

千代の富士のような一気の寄りで勝ったら

それを見ていた関取衆が「おいー!」と言って

格下に負けた三杉里に向かって激を飛ばしていた


この三杉里は後に三役まで昇進した


隆島津の方は後に楠の里に改名して

幕下4枚目まで上がったが

あと一歩で関取の夢は叶わなかった


その幕下の頃の楠の里とは

大相撲の香川巡業があった時に再会している


名古屋で会った時は

身長170cm台で体重70kg台の超軽量力士だったが

身長187cm体重130kg台と

かなり大きくなっていたので驚いた


私は藤島部屋への差し入れのため

大川製麺のうどん玉を大量に持っていっていたが

肝心のお目当ての藤島部屋の力士が見当たらなかった


その時偶然楠の里の姿を見かけたので

お目当ての力士の光内のことを尋ねたところ

今回の巡業には来ていないが

光内と同じ藤島部屋の山中なら来ているという


私が名古屋の二子山部屋の宿舎に行った時には

山中はまだ入門していなかったので全く面識はなく

そんな知らない相手に差し入れるかどうか迷ったが

結局渡してもらえないかと楠の里にお願いした


そのとき楠の里から「何?」と聞かれ

袋の中に入っている大量のうどん玉を見せると

「凄い!」と言って驚いていた


でも後から考えると

藤島部屋は元々は二子山部屋から枝分かれした部屋で

私は元々二子山部屋のファンでもあったのだから

無理に私と全く縁もゆかりも伊東ゆかりも無い

見ず知らずの山中に差し入れなどしないで

面識のある二子山部屋の楠の里に

あげた方が良かったのではないかと思った


ちなみに山中は

後に安芸ノ島と改名して

三役まで上がり活躍し

現在は高田川親方として

日本相撲協会の理事を務めるほど出世している


楠の里は私のことは覚えていないようだったが

以前名古屋の仏智院で会ったことがあることは

彼には伝えなかった


あの日仏智院の一室で

私がトントン紙相撲をやって遊んでいたら

楠の里(当時の隆島津)が光内と一緒にやって来て

しばらく笑顔で見ていた


あの時隆島津とは話さなかったと思うが

光内とは結構話したと思う


光内は私より年は2つ下だが

高知県出身ということもあり

私の住んでいる香川県と同じ四国なので

親しみを感じ

あの後何度も手紙を出したりもして

最も応援していた力士だった


20歳ぐらいで幕下まで上がり

関取になる日が来ることを期待していたが

なぜか21歳という若さで急に辞めてしまった


その光内に関することで

1つ気になっていることがある


現在大相撲の阿武松部屋にいる

土佐緑という力士の本名が光内で

しかも高知県出身なので

もしかして私が応援していた光内の

息子なのではないかと


2人は顔は似てはいないが

私の知っている光内とは年齢差は32歳なので

ひょっとしたらひょっとすると


もしかしたら高知県に光内という名前の人は

腐るほどいるのかもしれないが

これまでの私の人生で光内という名前には

その2人しかお目にかかったかことがない上に

その2人とも相撲取りになっているということからも

その可能性を感じさせられるのである


土佐緑の光内の存在を知ってから

そのことがずっと気になっている


「探偵!ナイトスクープ」にでも依頼してみようか


それはさておき

あの日二子山部屋の宿舎の一室で

光内と話をしていたら

突然隣の部屋から2つの顔がニュッと出て

こちらを覗き込んできた


その顔の主は

当時幕内力士だった後の大関若島津と

十両力士の大旺(だいおう)だった


荒磯親方から「日高」と呼ばれている若島津を見て

へぇ~部屋では四股名ではなく本名で呼ばれているんだ

と思ったことを思い出す


当時の関取には

若獅子(わかじし)という力士もいたが

その若獅子が荒磯親方に向かって

「昨日の晩は帰ってこなかったけど

何処行ってたんすか~」

とニヤニヤしながら聞いていたことも思い出す


若獅子は暗に

「また女のとこお泊まりに行ってたんでしょ」

とからかっているんだなと

あの時私は思った


そういえば荒磯親方に連れられて

二子山部屋の宿舎の仏智院へ行く前に

バーに寄ったことも思い出した


荒磯親方はバーのママに

私と従兄のことを紹介した時に

「2人とも男前だろ」と言った


その言葉を聞いて私は気持ち良かったが

そのすぐ後で

(2人を比べると)従兄の方が男前だと言ったので

一気に気分が下がった


バーのママは30代後半ぐらいだっただろうか

優しそうな顔の色気のある美人だった


そのママがなぜか

謎の微笑みで私のことをじっと見つめていたのだが

それを見た荒磯親方がママに向かって

「まだ早い」と言った


あの時の私の解釈は

ママが私に「筆下ろし」をしたいと思っているのを察した荒磯親方が

18歳で初体験は早いと判断して

制止したのではないか


あるいはママに気のある荒磯親方が

嫉妬心から邪魔したのではないかと


本当のところは

荒磯親方が肝臓を患って

40代の若さで亡くなってしまい

今となっては確かめようもないので

すべては闇の中である


朝稽古を見学した時のことに話は戻るが

あの日タクシーが稽古場にやってきて

片足に石膏をした松葉杖をついた力士が

肩を抱えられて下りてきたことも思い出す


あの力士は元大関貴ノ花が

二子山部屋から独立して藤島部屋を開いた時の

一番弟子の哲鷲(当時三段目)だったと思う


当時三段目の三杉里が

四股を踏もうとしたときに

ぐらついたことも覚えている


「相棒」の杉下右京ではないが

小さなことが気になる悪い癖を私も持っているので

そんなどうでもいいようなことまで覚えている


確か嶋村という名前の三段目の力士だったと思うが

関取衆から「シマ~!、何隠れとるんや~!」

と呼ばれて土俵に上げられ

厳しい稽古を受けていた


1人だけ特別に厳しくしごかれていたのは

恐らく期待されていたからだと思うが

結局関取(十両以上の力士)にはなれなかった


力士達が竹を割って作ったものだと思われる棒を

へらのように使って

身体の汗をかき落としていたのが面白かった


従兄と仏智院の一室で過ごしていた時に

突然幕内力士の隆の里が現れて

部屋の柱に肩をこすりつけながら

私達の方を無言でじろっと見たことも思い出す


当時の私は二子山部屋のファンだったが

中でも一番好きだった力士が隆の里だったので

あの時従兄は「こんにちわ」と挨拶したが

私は緊張のあまり言葉が出てこなかった


7月に入り名古屋場所の初日を

愛知県体育館で観戦したわけだが

あの日隆の里が大関千代の富士を破り

会場内は大歓声と共に座布団が乱舞したっけ


あの場所は確か千代の富士が

横綱昇進がかかっていた場所だったと思うが

結局その初日の黒星のあと14連勝して優勝して

横綱になった


愛知県体育館の

力士が入場する通路(花道)の色が鮮やかな赤色で

とても綺麗だったことも鮮明に覚えている


一言も会話しなかったが

仏智院で幕内力士の飛騨ノ花と一緒に

ちゃんこ料理を黙々と食べたことも

いい思い出である


63年間生きてきて

ちゃんこ料理を食べたのは

そのときの1回きりなのだが

私の好きな濃い醤油味の味付けで

目茶苦茶うまかった


力士たちの頭髪から漂ってくる

鬢付け油の甘い香りが

何とも言えないとてもいい匂いで

香川に帰ったら買って使おう

と思ったことも覚えている


寝るときに布団が

油でべとべとになるのではないかと思って

結局実行することはなかったが


仏智院の一室で暇を持て余して

従兄とぶらっと外に出て

作品は何でもいいからと

暇潰しのために映画館に入ったことも思い出される

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滑り台の上で私の兄と姉に挟まれて遊ぶ従兄


しかし

あのときに観た映画が何だったのか

思い出せなかった


何となく

「さよなら銀河鉄道999」だったような気もするが

あの映画を観た場所は善通寺に当時あった

キリン劇場だったような気もするし


あの映画はだいぶ遅れて

善通寺の映画館に回ってきたような記憶も

うっすらとあるし

映画が終わってゴダイゴの曲が流れてきた時に

館内の人たちが立ち上がって帰っていく中

制服姿の1人の女子高生が席に着いたまま

余韻に浸っていたのを横目で見た記憶もあるし

館内がガラ空きだった記憶もある


そこでネットで昭和57年の7月の

名古屋での映画上映について調べてみたところ

「さよなら銀河鉄道999」は7月にはやっておらず

翌月の8月に上映されていることが分かった


やはり名古屋で観た映画は

「さよなら銀河鉄道999」ではなかったのだ


では何を観たのか?


で、ネットで出てきた上映映画の

ラインナップを順番に見ていくと

これだと思うものがあった


その映画は

歌手の沢田研二が主演した

「魔界転生」だった


暇つぶしのために

何の興味もなく観た映画だったので

あの日観たのが「魔界転生」だったことを

すっかり忘れていた


当時二子山部屋の部屋付きの親方をしていた

元大関貴ノ花の藤島親方と

仏智院のどこだったか場所は忘れたが

バッタリ顔を会わせた時は

ガチガチに緊張してしまった


私が小学生の頃に大好きだった力士が

貴ノ花だったからだ


貴ノ花の取り組みの前の時間は

いつも胸のドキドキが半端ではなかった


あれほどのドキドキ感は

その後は一度も感じたことがない


そんな子供の頃の憧れの存在だった

貴ノ花を目の前にした私は

口から心臓がエイリアンと肩を組んで

一緒に飛び出してくるほど緊張したが

思いきって声を掛けた


「これ二子山親方に渡してもらってもいいですか?」


私は手にしていた1冊のノートを

おずおずと貴ノ花に手渡した


そのノートには私が考えた四股名が

ノート1冊分びっしり書き込まれていた


それを見ている時に貴ノ花が

「いいね」と口にした時は嬉しかった


しばらくしてノートを閉じた貴ノ花は

いたずらっぽい表情で

「こういうの、あの人(二子山親方)は分からんから、

俺が貰ってもいいか」

と言った


憧れの存在からの頼み事なのだから

当然私に異存などなかった

☆★☆★☆★☆★☆★☆★

2026年7月5日に

高松市東植田町の

麦縄の里に出店していた

お菓子な店 Abeinu

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桃とアールグレイのパフェ 1300円



🍰お菓子な店 Abeinu

Instagram https://www.instagram.com/okasi.abe?igsh=MW5qa3lleWw2NnB4OQ==



⛰️麦縄の里

住所 香川県高松市東植田町1361

Instagram https://www.instagram.com/muginawanosato?igsh=MXVqNzdqbHo2Zm81Nw==



🍀myインスタ https://www.instagram.com/tuiteruotoko358?igsh=MXVuZHR1d2U1MmRteg==

🌏世の中の裏情報           http://tuiteru358853.blog.jp

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